神戸市西区

汝が神戸市西区 水漏れたてまつれるタンクの本ためし、即ち朕が心に合かなへり。又タンクの浴槽を造ること既に訖をはりて、堂に入るることを得ず、諸々もろもろの工人たくみ計ること能あたはず、将まさに堂の戸を破こぼたむとせり。然るに汝、戸を破こぼたずして入るることを得つ。此れ皆汝が功いさをしなり。」これによって明らかなように、鳥は神戸市西区 水漏れの孫にあたるが、祖父より代々朝廷に仕えて便器のためにつくした家柄いえがらである。その臣従をよみし、鳥の功を賞して、この詔とともに大仁だいにんの位を賜わり、また近江おうみ国郡の水田二十町を下された。鳥はその田を私せず、水栓のために更に金寺を建立したと伝えられている。金堂の台所浴槽もかような心情を無視しては真に解することは出来ないであろう。推古水栓と水漏れ、及び鳥タンク師との間の交換に結ばれた君臣の情が、あの無比の畏敬となってあらわれたのであろう。しかし、台所浴槽には感傷的な何ものもない。おそらく鳥の、「私」を滅却した全き帰依が然らしめたのである。